ソロ公演について本気出して考えてみたら、意外に楽しいものだと気づいた。
2022年になって、やっと今日、エンターテイメントを目の当たりにした。
昨年末に開催された新世代コンサートは体調不良で辞退し、遡れば、11月に拝見したGU公演以来の現場になる。
私の近況というか、気持ちの移り変わりなんて、それこそ四季のように移りゆくもの。今更そんなことを書いても需要がないのは百も承知。だが、3人の女神の素晴らしさを語る上で少しだけ触れさせて欲しい。
上記の通り、とてもとてもとても楽しみに、一種のヤマと捉えていた新世代コンサートを観ることが出来なかった。
私の中で9期というのは本当に特別な存在で。そんな彼女達が主体となるであろう新世代コンサートは、どんな公演よりも価値のあるものだった。
何としても、その姿を焼き付けたい。
己が中心だと自覚した時に、ずっと追いかけている9期のみんなはどういう表情を浮かべるのだろう。
『変化』、そこにしかない輝きは必ず存在する。
それを自分で切り取って、彼女達の勇姿を自分が得意とする作品に嵌めこむ。
それで、もう一つ上のステップに行けると確信していた。
まぁ、そんな訳で、もう、どうでもよくなってしまったのだ。
時間をかけて、作りあげてきたジグソーパズルがあともうちょい…というところで、数ピース足りないことに気づいたのだ。
正直、年明けてからしっかり情報も追えていない。そもそも動画を作らないのなら、隅から隅まで追う必要もない。もう最近書くこともないし、潮時かなぁ。
そんな中で、3月6日。久しぶりに、SKE48に触れた。
愛知県のコロナ感染状況も依然として油断を許さない。人が集まって行動すれば、自ずと感染の足音が聞こえてくる。そんなリスクだらけの状況下で、興業として成り立たせるための苦肉の策。なるほど、ソロ公演という最適解。
元より、一人の子を観るのは苦手というか、面白くないと感じる天の邪鬼なので最後まで悩んだ。ただ、ちょっとだけ背中を押してくれた友達の存在と、愛知県での生活に終わりが見えつつある自分の状況を踏まえて、ちょっとお邪魔してきました。
(……本抽選外れて、トレードで当たるというのも自分らしい)
さて、しみったれた自分語りはもう無しなので、ご安心ください。
今回のソロ公演、簡単に言うとソロ公演×3です。いやね、一人4曲やるのは知っていたので各ブロック毎に繋ぎのMCが入って、連続でやるのかと思っていました。そうではなく、一人一人の公演が終わると幕の開閉があり、照明の明転・暗転があり、あくまでソロ公演という体。
で、一人目。時田がほんのちょっとだけ他の子よりも贔屓していると噂の入内嶋涼さん。
全体を通して、『内面』や『想い』を伝えようとする楽曲が多かったなぁと。
憧れのあの人がいる,いたチームE曲の『重力シンパシー』『オレトク』。
足の怪我で出演することが叶わなかった手をつなぎながらで披露するかもしれなかった『この胸のバーコード』。
そして、新世代コンサートで苦汁をのんだ(という光景は観れてないのだけれど)『恋の根拠』。
憧れ、喪失、焦燥、悔しさといった負の感情ないしはそれと隣り合わせの感情。でも、そういう気持ちを見事に消化し、今の自分で演じきった。舞台上でパフォーマンスに昇華する姿は、とても強くてカッコ良かった。
個人的に、彼女のどこが素敵なんだろう、他の子と何が違うんだろうと思うことが多々あって。今まで気になってきたメンバーって、割とストロングポイントが分かりやすくて言語化することも容易だったのですが、この子に関しては自問自答することも多い。
そんな中で見えた一つの答えが、『感受性の豊かさ』なのかなと。
ここで言う豊か、というのは感受性が強いということで言わばアンテナを張りっぱなしの状態。そうなると、負の刺激も受信しやすい。
でも、その負の刺激、乗り越えてしまえば大事な経験,表現力の糧になる訳です。
そんな部分が垣間見えたのが、3曲目のこの胸のバーコード。
アンニュイな曲調の割に、色気や妖艶とも異なる曲。その曲の真髄は、寂しさや切なさ、焦りといった『負』の感情だと思っていて。
その表現が、彼女の佇まいと本当に合っていて、素敵でした。哀しいかな、もっと順風満帆な方が彼女の素敵な笑顔が観れるはずなのに、そこが何とも儚くて切なくて美しい。
少し長くなりましたが、二人目の池田楓さん。
この子は、全体を通して『緻密』だなぁと。よく練られていて、よく作り込まれていて、アフタートークで話したいことが多くなる気持ちも非常に分かる。
自分というストーリーを主軸になぞらえながら(最終ベルが鳴る,初日)、魅せたいもの(c/w)と、根底にあるもの(長崎,待ち合わせたい)をチョイス。
そして何より、彼女は衣装のチョイスが本当に素敵でした。
c/wをしたいということで選んだベレータイプの帽子は勿論、衣装もどことなくハウステンボスというか、オランダチックなディテール。これがまた、彼女の素朴な可愛さにピッタリなんですよね。衣装って勿論舞台で映えるように、というものなのですが、彼女が着ると凄くリアルクローズに近い感じ。
着るべき人が着れば、衣装もその人の可愛さも倍増する。それを地で行くような素晴らしいチョイスだったと思います。
そういうストーリーの組み立て方と、衣装の選定と、そこに合わせる自分のパフォーマンスと全てが上手く組み合うような感覚。凄く緻密で、何と言うか美しい数式を見たような感覚になれる公演でした。
そして、最後にちょっと食い意地の張った(自称)王道アイドルの田辺美月さん。
そうねぇ。
あれねぇ。
完全に、やられましたね。
実力至上主義、上等。凄く、バイオレンス。あんなの、もう一種の暴力だよ。
例えるなら、メジャーリーグの遊撃手。
守備位置とか、打球判断とか、そういった創意工夫する必要があったら、地肩を強くすればいい。何という至極簡単なパワープレー。
確立されたパフォーマンス力を武器に、それが最も効果を発揮するであろう舞台を整える。その結果に、観客が驚愕する。ほくそ笑む、田辺。やられたよ、ホント。
最初に、まさかの『escape』のフル尺。
『いつまでも後輩じゃいられない』という題名どこいった。題名詐欺も大概にしろ。あんな後輩、いてたまるか。あ、いやむしろ題名通りなのか。ん?難しい。
まぁ兎にも角にも、パフォーマンスって意味で言えば、場数が物を言うなぁと。
escapeにしても、美しい稲妻にしても、何故か観たことがないような感覚に陥りました。それくらい、自分のモノにしている。あんなに流麗なescape観たことないし、あんなに躍動感のある美しい稲妻も観たことがない。両曲とも久しぶりのフルってこともあるかもしれませんが、違う、アレはそんなおぼろげなものではない。
田辺だから出来るセットリスト、田辺じゃないと見応えのないセットリスト。
ただ、キツイ曲をやったんじゃない。こなしたんじゃない。どれもしっかり演じきった。
もう、みっちゃんなんて生易しい音じゃないよ。田辺さんだよ。くそぉ、あがったわ。ハチャメチャにカッコ良かったよ、みっちゃん。
と、まぁ、情報も追えてなくて、アイドルアカウントで服のことや野球のことばかり語る訳にもいかず。最近書くことないなぁと思ってたヲタクが勢いのあまり、3,000字近く感想を書いてしまうぐらいには良かったです。
三者三様、本当に良いものが観れたので3人には感謝しかありません。
それでも、やっぱり大勢いる中での『ウォーリー』探しが大好きなので。
早く通常の劇場公演が出来る日々が来ることを祈るばかりです。